未来を変える日記

未来を変えたいと願う全ての人に向けて

ふるさと東京再生(東京ベイOWS(その2))

 本との出会い

 以前、参加した大会(下の記事)で出会いました。大会後のスピーチで、事業の紹介と主催の方の著書を知り、関心を持ちました。

www.masa-nakajima.com

 もし、海を泳ぐ趣味に出会っていなければ、そして大会に出なければ出会わなかった本だと思います。そして、東京ベイOWSは、泳げる海を取り戻そうとする東京湾再生事業の一環だったのですね。

かつての東京には海があった

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 画像は本書12頁目。これは60年以上の話だそうで、当時の東京には海があったのですね。そりゃ、物理的な海という存在は、今もあるのですが、何だか今の東京って海とは切り離された別世界という感じが拭い去れません。

 自分の感覚と本書から知った昔話を繋ぎ合わせて気が付いたこと。それは、東京に存在が感じられない海とは・・・

  • 身近な自然としての海

ということかもしれません。

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写真はイメージです

 スマホ全盛の時代。電車に乗れば多くの人が小さな液晶画面に吸い寄せられているわけです。そういう仮想空間とは対照的な場所。ザッパーンと押し寄せる波、その中に犇めく生き物達が、がありのまま自然の存在を感じさせてくれる場所としての海。

 著者が指摘されるように、当方自身も、東京にはそんなものは無いんだと思っていました。

高度経済成長期を経て

 東京から急速に「海」が失われたのは、戦後の高度経済成長期との話。

東京湾では魚が浮きました。海苔も獲れなくなりました。浮いた魚をみると、頭が尻尾が2つあったり、目が3つもあって飛び出していたり・・・。まるで地獄絵を見ているようだと子ども心に重い、とてもショックを受けたことを憶えています。(p25, 失われたふるさとの情景)

 転換点は1962年とあります。検索すると葛西とは別の大森地区でも、1962年に漁業補償権の協定が成立し...とありました。

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都市計画論文集 No.45-3, 2010年より

  ここを境に東京湾から「海」が消えてしまったのですね。

「と」の空間を作る

 「海」の話からキャリアの話になります。建築家。色々なお話がありましたが、「と」の話が何度も出てきて目に留まりました。

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p44より

 今回、自分が理解した建築とは、空間に建物を配置するお仕事。

 最も、配置すると捉えてしまうとビッチリでもスカスカでも、建物を配置している事には変わりません。例えば、経済的な合理性を重視して、下のイメージ写真のようにビッチリと隙間なく建物を詰め込んでしまうと??

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過密のイメージ写真

 はは、息苦しいですよね(;・∀・)

 こちらはどうでしょうか?

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名古屋の都市風景

 ビルとビルを繋ぐは「緑」。

 建築の世界においては、そんな「と」の空間を意識することが欠かせないという著者のキャリア感に触れさせて頂きました。

東京湾の再生へ

 序盤がかつての「海」の話、そしてキャリアの話が続きました。中盤からは、東京湾の再生のお話。

身近な自然環境が失われてしまった今の日本の子どもたちに足りないもの、それは命がけで何かに立ち向かうということではないか ーと、

p95 Chapter 3 東京湾再生への道

 しかし、その後の道筋が長い。

  • 都議会選挙の候補者に働きかける(1977年)
  • 都議会で「東京湾憲章」が採択される
  • 親水性をテーマとした公園の計画が策定される
  • 葛西臨海公園が開園し、子どもが海に触れられる場所ができる(1989年)

 海に触れられる、それが、葛西臨海公園の西なぎさ、という場所。私が参加した東京ベイOWSの海ですね!!

 しかし、この時点では、まだ「浜辺」ができただけで・・・ 

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写真はイメージです。

立ちはだかるのは「遊泳禁止」の看板でした。ここから遊泳可能になるまでには・・・・

  • 大勢を集め、「ふるさと」を考えるフォーラムを開催(2001年実施)
  • 海水浴場復活に向けて署名を集める(2018年時点で7万人を集める)

大きくは、上記2件を行い、行政と交渉を行ったとのこと。そして、2015年から海水浴が解禁!

suumo.jp

 ブログ記事でまとめてしまうと数行ですが、それは私がまとめ過ぎてしまっているからでして、著書を読めば、その背後にある大きな意思と情熱を感じ取ることができると思います。

 今だから白状致しますが、8/25は・・・

  • 東京でも海水浴場があるんですね~
  • あれ、水質はどうなのけ?

と、何となく泳いでいましたし、自分の事ばかり考えてました。加えて、そこに海水浴場があるのは当然だと思っていました。

所で、行政側は何を気にしたのか?

 ここで、少し、遊泳禁止の頃に話を戻します。目に留まったのは、行政との交渉の話です。

そうして細かな詰めに入ろうというとき、公園協会が持ち出したのが、その前年に東京湾で起きた死亡事故でした。19歳の男性が、酒を飲んで海に入り水死したのです。

p133 Chapter 3 東京湾再生への道

 ここで、公園協会とあるのは、葛西臨海公園の管理協会で、公園を運営する東京都のことですね。議論ですが、遊泳可能な水質であっても行政側は海水浴場としての開放を渋ったとあります。

 行政側から、死亡事故を持ち出された以上の事実はわかりませんが、議論の場におられた行政側の方の顔には、以下の文言が書いてあったかもしれませんね( ´艸`)

  •  遊泳可能にして「何か」があっては困る!

 著者からの反論は以下の通り。

この世に絶対的な安心・安全はありません。自らの身は自らが守ることが基本で、そのために子どもは海で泳ぐことを学ぶのです。p134

 何もむき出しの自然の海へ行き裸一貫で泳げ!という話ではない。でも、可能な限り、安全に配慮をした場所を用意し、自然を学べる環境を整えることは、大人たちの責務である。

 自分には、そんな風に聞こえてきました。安全というのは、無下に「あれはダメ」「これはダメ」と看板を増やし、規則でがんじがらめにして確保するものではなく、自ら体験を通じてそのスキルを学べるようにすることが寛容である、と。

おわりに:東京に復活したもの

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 かくして、東京に泳げる「海」が戻ってきました。アサクサ海苔も獲れるのだそうです。大会後、大会主催者であり、本書の著者である関口雄三さんご本人より海苔の話を伺い、署名のついでに1缶購入させて頂きました。

 美味しくいただいております♪

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 そして、本書を読んで理解したことがあります。それは、

  • かつて東京に存在した「海」は、漁場としての海。大人たちの仕事場。
  • 平成に復活した東京の「海」は、子どもたちが自然を学ぶための場所。

 時代の変化で、東京の「海」の役割はちょっと変わったけど、どの「海」も、人と自然を繋ぐ、「と」の空間として存在しているんですね。最後に、上で比較した写真をもう一度、並べてみようと思います。

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 もしどちらかの都市で働くとしたら??

 私には、左の過密都市よりも、右の方が何んだか心を落ち着けて暮らせるような気が致します。末永く働けて、結局は生産性が高いような気が致します。

 合理的であることも大事ですが、「と」の空間を据えることも、とても大事なんですね。

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そんなことを考えた読書となりました。

 自分はOWSスイマーとしては未熟者ですが、大会への参加を通じて色々考えることができました。良い機会を大変ありがとうございました!!

以上です。